使徒言行録18章24節~19章10節
「限界を突破する聖霊」
牧師 野々川 康弘
使徒言行録18章23節から、パウロの宣教旅行3が始まっています。
23節を見ますと「パウロはしばらくここで過ごした後、また旅に出て、ガラテヤやフリギアの地方を次々に巡回し、すべての弟子たちを力づけた」そう記されています。
23節の「しばらくここで過ごした」とは、「シリアのアンティオキアでしばらく過ごした」そういう意味です。つまり、シリアのアンティオキアでしばらく過ごした後、パウロたちは、宣教旅行3に出かけたのです。
パウロの3回の宣教旅行は、いつもシリアのアンティオキアから始まっていたのです。
実は、パウロの宣教旅行3は、聖書の後ろにある「パウロの宣教旅行2、3」の地図に記されている通り、デルベ、リストラ、イコニオン、ピシディアのアンティオキアまで、宣教旅行2と重なっています。その重なっているところが、23節が言っている「ガラテヤやフリギアの地方」です。
パウロたちが宣教旅行3で、ガラテヤやフリギアの地方を巡回した後の歩みが、19章1節後半に記されています。そこを見ますと「パウロは、内陸の地方を通ってエフェソに下って来て、何人かの弟子に出会い」そう記されています。それこそが、聖書の後ろにある「パウロの宣教旅行2、3」の地図に記されている、ピシディアのアンティオキアから、点線で繋がっているエフェソまでの旅のことです。
実は点線で繋がっている、ピシディアのアンティオキアから、エフェソまでの旅は、パウロが宣教旅行2で、たどりたかったルートです。
でも、宣教旅行2では、聖霊に阻まれて、別のルートを通って、ギリシャに渡ることになったのです。
でも、宣教旅行3では、宣教旅行2で、パウロが願っていた思いが実現したのです。宣教旅行2では、最後あたりで、少しエフェソに立ち寄って、すぐに出発せざるを得なかったのです。
でも、宣教旅行3では、エフェソでゆっくり、宣教活動をすることが出来たのです。
パウロは宣教旅行3で、まずは3ケ月間、ユダヤ人の会堂で福音を宣べ伝えました。それが記されているのが19章8節です。
そこを見ますと、「パウロは会堂に入って、3ケ月間、神の国のことについて大胆に論じ」そう記されています。でも、それだけではありません。パウロは更に、ティラノという人の講堂で、二年もの間、福音を宣べ伝えたのです。それが記されているのが、19章9節後半~10節です。そこを見ますと「ティラノという人の講堂で毎日論じていた。このようなことが二年も続いたので」そう記されています。
ということは、少なくとも2年3ケ月は、エフェソに滞在していたことになります。
でもパウロが、エフェソの教会の長老たちに、別れの説教をした時に、使徒言行録20章31節に記されている通り、「わたしが三年間、あなたがた一人一人に夜も昼も涙を流して教えてきたことを思い起こして、目を覚ましていなさい。」そう言っていますので、パウロはエフェソに三年間滞在した。そう言って良いと思います。
実は3年間という時間は、パウロが一か所に留まって宣教した、最も長い記録でなのです
それはさておき、18章24節~27節前半は、パウロたちがエフェソに到着する前に、エフェソでどのような宣教活動が行われていたのか。そのことが記されています。
18章24節の前の小見出しを見て下さい。「アポロ、エフェソで宣教する」そう記されています。
パウロがエフェソに到着する前は、アポロという人がエフェソで宣教活動をしていたのです。彼は24節に記されている通り、「アレクサンドリア生まれのユダヤ人で、聖書に詳しい雄弁家」だったのです。25節を見ますと、「彼は主の道を受け入れており、イエスのことについて熱心に語り、正確に教えていた」そう記されています。そのことから分かるのは、彼はキリスト者で、旧約聖書に精通していて、聖書弁証論に秀でていたということです。そんな人が、エフェソにある、ユダヤ人たちの会堂で、宣教活動をしていたのです。
そして、アポロの説教を聴いていたのが、プリスキラとアキラの夫婦だったのです。彼らは宣教旅行2で、パウロがコリントで出会った夫婦です。
アキラはパウロと同じ、テント造りの仕事をしていました。だからパウロは、宣教旅行2の時に、彼らの家に住まわせてもらって、幕屋の設営の技術を生かして、劇場の設営の仕事をしながら、コリントで宣教活動をしていたのです。
使徒言行録18章18節には、パウロがコリントを去って、エフェソに向かった時、彼らも同行したことが記されています。また、使徒言行録18章19節には、「一行がエフェソに到着したとき、パウロは二人をそこに残して」そう記されていました。
つまりパウロは、宣教旅行2の時に、エルサレム教会に向かって出発した際に、プリスキラとアキラをエフェソに残したのです。
彼らは、宣教旅行2の時に、パウロがエフェソを去った後も、エフェソで福音を宣べ伝え続けていたのです。そんな彼らは、アポロの説教を聴いて、26節に記されている通り、「彼を招いて、もっと正確に神の道を説明して」あげたのです。
それは、25節に記されている通り、「ヨハネの洗礼しか知らなかった」からです。確かにアポロは、旧約聖書に精通していて、聖書弁証論にたけていました。でも、主イエスの御名による洗礼を、知らなかったのです。
彼は、洗礼者ヨハネの洗礼しか知らなかったのです。洗礼者ヨハネは、主イエスが宣教活動を始める前に、荒れ野で、神に背を向ける罪を悔い改めて、神に立ち返ることを教えていました。洗礼者ヨハネの洗礼は、神に背を向ける罪の悔い改めの印としての洗礼でした。その洗礼は、主イエスへの道備えの洗礼です。
でも、主イエスの洗礼は、神に背を向ける罪を認めた人に聖霊を与え、その聖霊の働きにより、神と神を信じた人たちと、永遠に新しい命に生きることが出来るようにする洗礼です。
今の時代は、洗礼は1回限りです。神に背を向ける罪の赦しと、聖霊が与えられる洗礼が一つになっています。でも、主イエスが宣教を開始する前の時代と、主イエスが宣教を開始した後の時代に生きていた人たちは、神に背を向ける罪を悔い改める洗礼と、聖霊を受ける洗礼の2つが必要だったのです。
とにかく、プリスキラとアキラが、アポロに、「もっと正確に神の道を説明した」のは、主イエスの御名による洗礼を受けたならば、神に背を向ける罪の赦しと、神と神を信じた人たちと、永遠に新しい命に与ることが出来る約束が、与えられることでした。プリスキラとアキラの説明を受けたことで、アポロの福音理解はバージョンアップされて、伝道者として大きく成長したのです。
伝道者として成長したアポロは、アカイア州、つまりコリントへ行くことを希望しました。おそらくそれは、プリスキラとアキラのような人が、エフェソにいることで安心したからです。
なにあともあれ、アポロがコリントへ行くことを希望したが故に、プリスキラとアキラは、かつての仲間であるコリント教会の人たちに、彼を歓迎してくれるようにとの手紙を書いて、それをアポロに渡して、彼をエフェソからコリントに送り出したのです。
エフェソから送り出されたアポロは、コリントに着いて、28節に記されている通り、「旧約聖書に基づいて、メシアはイエスであると公然と立証し、激しい語調でユダヤ人たちを説き伏せた」のです。
コリント教会は、コリント教会の生みの親であるパウロが去った後、アポロの指導を受けて歩んでいったのです。
コリントの信徒への手紙1の3章6節には、「わたしは植え、アポロは水を注いだ」そう記されていました。この言葉は、そのような事情があったことを指し示しています。
それはそうと、アポロがエフェソを去って、コリントで福音を宣べ伝えていた時に、パウロがエフェソに来たのです。それが記されているのが19章1節です。そこを見ますと「アポロがコリントにいたときのことである。パウロは、内陸の地方を通ってエフェソに下ってきて」そう記されています。
パウロがエフェソで福音を宣べ伝え始めた時に、アポロの影響を受けた12人ほどの弟子たちと出会ったのです。彼らがアポロの影響を受けていたことは、19章2節~3節の言葉から分かります。そこを見ますと「『信仰に入ったとき、聖霊を受けましたか』と言うと、彼らは、『いいえ、聖霊があるかどうか、聞いたこともありません』と言った。パウロが、『それなら、どんな洗礼を受けたのですか。』と言うと、『ヨハネの洗礼です』と言った。」そう記されています。
パウロはそんな彼らに、アポロに、プリスキラとアキラが、「もっと正確に神の道を説明した」時と同じことを説明したのです。それが分かるのが4節です。そこを見ますと「ヨハネは、自分の後から来る方、つまりイエスを信じるようにと、民に告げて、悔い改めの洗礼を授けたのです」そう記されています。
このパウロの教えを聴いた12人ほどの弟子が、主イエスの御名による洗礼を受けたのです。
でも疑問になることがあるのです。それは、何でパウロは、主イエスの御名による洗礼理解が、12人ほどの弟子に、無かったことが分かったのでしょうか。プリスキラとアキラの場合、アポロの説教を聴いていたからこそ、「主イエスの御名による洗礼理解が欠けている。」そう気付くことが出来たのです。
でも、パウロの場合、それとは違っています。パウロは、エフェソで12人ほどの弟子たちに出会った時に、主イエスの御名による洗礼理解が無いことが分かったのです。だから、2節に記されている通り「信仰に入ったとき、聖霊を受けましたか」そう聞いたのです。そうしたところ、彼らは、「いいえ、聖霊があるかどうか、聞いたこともありません」そう答えたのです。
おそらくパウロは、12人ほどの弟子たちだけが、「エフェソ教会のキリスト者たちと何かが違っている」そう感じたのでしょう。そしてその原因が、聖霊が与えられていないことだと分かったのです。だからこそ「信仰に入ったとき、聖霊を受けましたか」そう聴いたのです。そうしたら案の定、「聖霊があるかどうか、聞いたこともありません」そういった答えが返ってきたのです。彼らは、神に背を向ける罪の赦しの洗礼は受けてはいても、まだ聖霊が与えられる洗礼、主イエスの御名による洗礼を、受けていなかったのです。
私たちの信仰はどうでしょうか。聖霊が与えられているキリスト者になっているでしょうか。正確にいうと、今の時代は、神に背を向ける罪の赦しの洗礼を受けた時に、聖霊も与えられます。
もし、聖霊が与えられているならば、聖餐に結び合わされた信仰になっているはずです。つまり、私たちの内に、既に内住している聖霊によって、主イエスの十字架に感謝が生まれていて、主イエスの十字架の頸を負うことを喜びとするキリスト者になっているはずです。主イエスの十字架の頸木を負う勤勉さが、周りの人たちから確認することが出来るキリスト者になっているはずです。そういうキリスト者になっている人のことをボーン・アゲンクリスチャン、自己愛から解放されているクリスチャン、そう呼ぶのです。
私たちは毎週礼拝で、使徒信条を告白しています。その使徒信条の中に、「我は聖霊を信ず」そういう文言があります。私たちは「我は聖霊を信ず」そう告白しているにも関わらず、聖霊が私たちの内に内住していて、その聖霊が、聖餐と自分を結びつけて、この世で歩むようにしていること、聖餐と自分が属している仙台青葉荘教会とを結び付けて、歩むようにしていること、聖餐と自分が属しているこの世にある全ての教会とを結び付けて、歩むようにしていること、そのことを信じることが出来ているでしょうか。
ある時、私はある牧師に「私が赤羽教会で、100周年記念聖会の講師にたてられていますので、祈りでサポートして下さい。」そう頼みました。そうしましたら、「野々川先生に、聖霊の力が及んで、聖会で良い説教が出来ますように。」そのように聖霊をちゃかしたような祈りをされたのです。はっきり言います。聖霊を信じている人は、聖霊を馬鹿に出来ません。聖霊を信じている人は、聖霊をちゃかす祈りに、馬鹿笑いをしません。聖霊を信じている人は、聖霊をちゃかす祈りにビックリして、あいた口が塞がらないはずです。
私は馬鹿にされても良いのです。でも、聖霊を馬鹿にする人は、神を畏怖していません。神を畏怖していない人が、「自分が神に背を向ける罪があります。その罪を赦すために、主イエスが十字架に架けられて死なれた事実を信じています。キリスト者になっても、なかなか神に背を向ける罪から解放されない罪深い自分がいます。そんな自分のために、洗礼を受けた時に、聖霊の内住が与えられた事実を信じています。」そんなふうに信仰告白出来るのでしょうか。
そうはいっても、なかなか目に見えない聖霊の存在を信じるのは、なかなか難しいのもまた事実です。聖霊の存在を信じていない人が、聖霊を馬鹿にすることは、何ら可笑しいことではありません。
そもそも、「聖霊が与えられている信仰」と「与えられていない信仰」はどう違うのでしょうか。
そのことを紐解く鍵になる言葉が、19節3節です。そこを見ますと、「それなら、どんな洗礼を受けたのですか」そう記されています。このパウロの言葉は、口語訳聖書では、「だれの名によってバプテスマを受けたのか」そう訳されていました。口語訳聖書の方が、原文のニュアンスに近い訳です。ということは、新共同訳聖書の「どんな洗礼を受けたのですか」という意味は、「どんな儀式の洗礼を受けたのか。」そういう意味ではなくて、「誰の名による洗礼を受けたのか」そういう意味なのです。
パウロが12名ほどの弟子たちに、「どんな洗礼を受けたのですか。」そう聴いた訳は、「あなたがたが受けた洗礼は、聖霊が与えられて、聖餐に結び付く歩みになっていく、主イエスの御名に結び付いている洗礼なのか。」そのことを確認したかったからです。
そうしたところ、彼らは、自分たちが受けた洗礼は、「ヨハネの洗礼です」そう答えたのです。つまり彼らは、「ヨヘネという名前に結び付いている洗礼しか受けていません。」そう答えたのです。ということは、「自分たちは、神に背を向ける罪に対する神の怒りを知りました。だからその罪を悔い改めて、神の恵みに与るように生きていきます。」そういう信仰しか持っていないということです。
つまり彼らは、神の怒りから逃れるために、自分で頑張ってはいても、神に背を向ける罪が赦されている安心感や喜びを、持つことが出来ていなかったのです。神に背を向ける罪が、赦されているかどうか不安だったのです。それが、聖霊が与えられていない信仰であり、バプテスマのヨハネの名に結び付く洗礼の帰結です。
逆に、主イエスの御名による洗礼は、主イエスが、父なる神を愛する故に、自我を磔殺して、父なる神や、御自分に敵対する人たちの罪を背負って死なれた主イエスと結びつくことです。また、神に背を向ける罪の死から、御自分の力じゃなくて、父なる神の御力によって蘇り、最後には父なる神の右の座に座る者にされた主イエスと結びつくことです。
つまり、主イエスのように、神を愛するが故に、自我を磔殺して、神や、自分に敵対する人たちの罪を背負うことが出来る人になること。自分の力ではなくて、聖霊なる神の御力によって、自己中心の罪に生きる古い自分から、神や、自分に敵対する人たちの罪を背負うことが出来る新しい自分に変えて頂いて、いつも神と共に歩む人になること。それが、聖霊が与えられている信仰であり、主イエスの名に結び付く洗礼の帰結です。
「洗礼」は「浸る」そういう意味があります。つまり、19章3節の「だれの名によって洗礼を受けたのか」という意味は、「誰の名の中に、どっぷり浸されたのか」そういう意味なのです。
「ヨハネの名による洗礼を受ける」とは、「ヨハネの名の中にどっぷり浸される」という意味なのです。そして、「主イエスの名による洗礼を受ける」とは、「主イエスの名の中にどっぷり浸される」そういう意味なのです。
聖書において、「名前」は、その人が実現する、事柄全体を示すものなのです。たとえば、「アブラハム」という名前の意味は「多くの父」そういう意味があります。
つまり、「『人の名前』にどっぷり浸されるということは、生活、考え方、生き方全体が、どっぷり浸された人の名前が、影響するようになる。」ということです。
分かりやすく言えば、「どっぷり浸された人の名前が影響するようになる」という意味は、名前を持っている人が実現することを、喜びをもって実現していくようになる。そういうことなのです。
因みに、「イエス」という名前は「ヤハウエが救う」そういう意味です。なので、主イエスの名に浸った人は、主イエスが、御自分の十字架の死を通して、父なる神や、御自分に敵対している人たちを、父なる神と共に生きるようにされたように、自分のもっとも大切なものを犠牲にしてでも、父なる神や、自分に敵対している人たちを、父なる神と共に生きるようにしていく人になるのです。
因みに、「ヨハネ」という名前は、「神は恵み」そういう意味です。なので、ヨハネの名に浸った人は、ヨハネが、神に背を向ける罪に対する神の怒りを知っていたが故に、神に背を向けない努力を日々していく中で、神は恵みであることを体感して歩んでいたように、神に背を向ける罪を悔い改めて、頑張って神の恵を得ていく生き方をしていく人になるのです。
もし、ヨハネの名の中に、どっぷり浸されるなら、ヨハネが示してきた事柄、つまり、罪に対する神の怒りを恐れて、自分の力で、神に立ち返る努力をする人になるのです。
パウロがエフェソで出会った12人ほどの弟子は、そういうバプテスマのヨハネの信仰に生きていました。彼らは、自らの神に背を向ける罪を悔い改めて、神に喜ばれる生活をしていこうと、熱心に努力をしていた、とても真面目な人たちだったのです。
でもパウロは、彼らの信仰生活を見ていて、「クリスチャンならぬ苦しみちゃんになっている。クリスチャンとしての喜びが無い。」そう感じとっていたのです。
だからパウロは、彼らが主イエスの名による洗礼を受けていないことに気付いたのです。その結果、パウロは、主イエスの名による洗礼を、彼らに授けたのです。そうしたところ、6節のようなことが起こったのです。そこを見ますと、「パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が降り、その人たちは異言を話したり、預言をしたりした」そう記されています。
12人ほどの弟子たちは、主イエスの名による洗礼を受けたことで、異言と預言が与えられたのです。別の言葉で言えば、聖霊が与えられたことで、彼らは「異言を話したり、預言をしたり」することが出来るようになったのです。
異言とは、霊の高まりが与えられて、人間には分からない神の国の言葉を発することが出来るようになることです。初代教会は、異言を語れるようになることを、聖霊の賜物として位置づけています。パウロ自身も、それを大切な賜物として認めています。彼は異言を認めているどころか、異言を語ることが出来る人だったのです。それに対して預言は、自分の感情や思いを横に置いておいて、人間が分かる言葉で、神が示していることを語ったり、神が与えて下さった恵みを証ししたり出来ることです。
預言の賜物は未来預言を含むかどうか、聖書学者たちの中で議論があります。
でも、一般的に言われていることは、「預言の賜物とは、聖書からの説教や、聖書研究である。」そう言われています。
つまり、感情面では、神に対する喜びが満ちるようになって、理性面では、神の知恵に満たされるようになることが、主イエスの名に浸った人であり、聖霊が与えられた人なのです。
ということは、何か特別な神秘的や、霊的体験をすることが、聖霊に満たされることでもなければ、聖霊が与えられている人でもないのです。
感情面において、いつも神に感謝が満ち溢れていて、理性面において、いつも神の知恵、つまり聖書の知恵に、満たされて歩んでいるならば、誰が何といおうと、その人は、主イエスの名による洗礼を受けた人であり、聖霊が与えられている人なのです。
逆に、聖霊が与えられていない人は、一生懸命、神に背を向ける罪を悔い改めても、神に背を向ける私たちの罪の赦しである、主イエスの十字架の御業に感謝がありません。主イエスの十字架の御業に感謝が無い人は、自分に鞭を打って、「自分の感情や理性を、自分で頑張って、神に正しいと認められる方向に修正していこう。」そのように意気込んで歩んでいます。でもそういう人は、自分のように頑張って、神に正しいと認められる方向に修正していない人を裁くのです。
また、聖霊が与えられていない人は、聖書の文脈を大切にして、聖書の言葉を聴くことをしないのです。自分にとって都合の良い聖書の言葉だけを聴くのです。
でも、聖霊が与えられている人、主イエスの名に浸っている人は、「自分の感情や理性を、自分で頑張って、神に正しいと認められる方向に修正していこう。」とは思っていません。そういう努力と気負いに生きる必要が無いのです。その理由は、主イエスの罪の赦しに生かされている喜びがあるからです。主イエスの罪の赦しに生かされている喜びがある人は、自分の感情や理性を、自分で頑張って正しいものにしていこうとする必要が無いのです。主イエスの罪の赦しに生かされている喜びがある人は、極々自然に、自分の感情や理性が、神に正しいと思われる方向に進んでいくのです。そういう人は、聖書の文脈を大切にして、聖書の言葉を聴くのです。自分にとって都合の良い、自分勝手な聖書の聴き方をしないのです。
私たちキリスト者は、ヨハネの名に浸る洗礼ではなくて、主イエスの名に浸る洗礼を受けています。まだそれを受けておられない方がおられるかもしれません。でもキリスト教会は、主イエスの名に浸る洗礼に、皆さんを招いているのです。
19章8節~10節を見ますと、パウロはエフェソで大胆に福音を宣べ伝えています。
そんな彼は、神に背を向ける人間の罪の身代わりとなって、十字架に架かって死んで下さったことを、頑なまでに、信じようとしないユダヤ人たちの非難を受けて、ユダヤ人の会堂から離れざるを得なくなって、ティラノという人の講堂で、2年もの間、主イエスの十字架の救いを宣べ伝えていたのです。
自分が同胞のユダヤ人たちから非難される中で、全部で3年もの間、エフェソで福音を宣べ伝え続けることが出来たのは、主イエスの御名による洗礼を受けていて、聖霊が与えられていたからです。
私たちも、パウロと同じ主イエスの御名による洗礼を受けていて、主イエスの御名に浸っている者です。あるいは主イエスの御名に浸ることに招かれている人たちです。
私たちに聖霊が与えられているならば、あるいは与えられるとするならば、私たちは、苦しい中にあっても、喜びに満ちている中にあっても、聖霊の働きによって、聖餐に結ばれている歩みを、自然に喜んで出来ます。
私たちは手を広げる以上に広げることは出来ません。また、足を広げる以上に広げることは出来ません。でも、聖霊が働くなら、私たちは手を広げる以上に広げることが出来るでしょう。足を広げる以上に広げることが出来るでしょう。そうして下さる力が聖霊にはあるのです。
だからこそ、聖霊の働きを軽んじることなく、聖霊に全てを委ねて、皆さんと共に歩んでいければと思います。そのために、私たちはいつも、主イエスの名に浸る洗礼を受けていて、聖霊が与えられていること、あるいは、主イエスの名に浸る洗礼を受けるように招かれていて、聖霊を受け取るように招かれていること、そのことを心に刻み込んで、皆さんと共に歩んでいければと思います。
最期に一言お祈りさせて頂きます。
