2026年5月24日仙台青葉壮教会礼拝

使徒言行録17章1~15節

「御言葉を聴こう」

牧師 野々川 康弘

今日からいよいよ17章に入ります。パウロたちは、フィリピを出て、アンフィポリスとアポロニアを通って、テサロニケに到着しました。

ギリシャの最初の宣教地はフィリピでした。そして、ギリシャで第二の宣教地となったのがテサロニケです。フィリピは、ローマ帝国の退役軍人たちによって出来た町でしたが、テサロニケは、マケドニア州の州都です。

パウロがテサロニケを、第二の宣教地として選んだ理由は、大きな町だったことは勿論ですが、それ以上にユダヤ人の会堂があったからです。

今まで何度も申し上げています通り、パウロの宣教は、まず最初にユダヤ人の会堂で宣教することが、パウロの宣教の在り方です。そのことは「パウロはいつものように、ユダヤ人の集まっているところへ入って行き」という2節の言葉にも現れています。

勿論パウロは、異邦人の使徒として立てられて、遣わされている自覚がありました。でも彼は、先ずユダヤ人たちに宣教するところから、いつも宣教を始めるのです。

その理由は、主イエスがこの世に来られる前は、神の民の歴史を担っていたのはユダヤ人だったからです。神の救いは彼らに示され、現わされてきたのです。主イエスの救いは、ユダヤ人たちの歴史と無関係に突然与えられたものではありません。神の救いの歴史は、ユダヤ人たちの先祖アブラハムからずっと続いていて、主イエスによって、新しく展開して、異邦人も神の救いに加えられて、進展したのです。

パウロがいつも最初に、ユダヤ人たちに宣教したのは、主イエスの救いは、ユダヤ人の歴史を受け継いだものであることを、明らかにするためだったのです。

だからパウロは、テサロニケに着いた時、最初にユダヤ人の会堂を探して、そこで、三回の安息日にわたって宣教をしたのです。その時に、パウロたちの話を聴いていた一部の人たちが、主イエスの救いを信じて彼らに従ったのです。4節を見ますと、その中には、「神をあがめる多くのギリシャ人や、かなりの数のおもだった婦人たち」がいたことが記されています。前回、申し上げました通り、「神をあがめる」という言いまわしは、ユダヤ教に改心した異邦人のことです。つまり、「神をあがめる多くのギリシャ人や、かなりの数のおもだった婦人たち」とは、異邦人でユダヤ教に改心した人たちで、その中には、町の有力者の婦人たちもいたということです。でも、外国生まれのユダヤ人たちは、5節に記されている通り、そのことを妬み、パウロたちを迫害したのです。彼らは、5節に記されている通り、「広場にたむろしているならず者を何人か抱き込んで暴動を起こし、町を混乱させ、ヤソンの家を襲い、二人を民衆の前に引き出そうとして捜した」のです。

5節に出てくる「ヤソン」という人は、パウロのテサロニケ宣教によって、救われた人の内の一人です。

6節を見ますと、「ヤソンと数人の兄弟を町の当局者たちのところへ引き立てて行って」そう記されています。此処でいう「数人の兄弟たち」とは、信仰の兄弟たちのことです。そして、7節を見ますと、「ヤソンは彼らをかくまっているのです」そう記されています。

そういったことから分かるのは、どうやらヤソンの家が、テサロニケの宣教拠点になっていたということです。

フィリピでは、リディアの家が宣教拠点でした。でも、テサロニケでは、ヤソンの家が宣教拠点だったのです。

ヤソンは、パウロの書いた手紙の中に一度だけ登場しています。それがローマの信徒への手紙16章21節です。そこを見ますと、「また同胞のルキオ、ヤソン、ソシパトロがあなたがたによろしくと言っています」そう記されています。パウロと「同胞」ということは、ヤソンはテサロニケに住んでいましたが、パウロと同じタルソス出身の人だったのです。

 それはそうと、パウロたちは、外国生まれのユダヤ人たちの迫害によって、テサロニケに長く留まることが出来ませんでした。だからパウロたちは、テサロニケ教会になっていたヤソンの家から、夜のうちに送り出されて、ベレアに向かったことが10節に記されています。

そしてパウロたちは、ベレアでも、先ずはユダヤ人の会堂に行って、宣教を始めたのです。11節~12節をみますと、ベレアに住んでいたユダヤ人たちは、テサロニケのユダヤ人たちより素直だったこと、多くのユダヤ人が主イエスの救いを信じたこと、少なからずギリシャ人の上流階級の婦人たちや、男性たちが、主イエスの救いを信じたことなどが、記されています。

でも、テサロニケに住んでいるユダヤ人たちが、パウロたちがベレアで宣教していることを知ると、わざわざベレアに押し掛けて来て、迫害してきたのです。その結果、パウロたちはペレアにいられなくなって、ギリシャの下の方にあるアテネに向かうことになったのです。そのことが記されているのが、13節~14節です。

今日の箇所には、べレアの宣教で救われた人の名前は出てきていません。でも、使徒言行録20章4節には、べレアの宣教で救われた人の名前が出てきています。使徒言行録20章4節を見ますと、「ピロの子でべレア出身のソパトロ」そう記されています。ソパトロは、パウロの宣教旅行3の終わりに、パウロが、自分の生命の危険があるにも関わらず、エルサレムに行こうとしていた時に、パウロに同行した人です。そんなソパトロは、先程のローマの信徒への手紙16章21節に出てきている「ソシパトロ」と同一人物だと言われています。

もしそうであれば、ソパトロもヤソンと同じように、パウロと同郷ということになります。おそらくパウロは、テサロニケからべレアに向かう時に、ヤソンから同胞のソパトロを紹介されて、彼のもとに身を寄せたのです。その結果、ソパトロの家が、べレアでの宣教拠点となったのです。

つまり、パウロの宣教旅行2は、パウロと、彼に同行したシラス、テモテの宣教の働きのみで、各地に教会が出来ていったわけではなかったのです。行く先々で、自分の家を宣教拠点の教会にして、パウロたちが去った後も、宣教し続ける教会の核になった人たちが与えられたが故に、各地に教会が出来ていったのです。

フィリピでは、リディアが、テサロニケではヤソンが、べレアではソパトロが、教会の核になる働きをしたからこそ、教会は次第に、迫害に負けることなく広がっていくことが出来たのです。

使徒言行録は、教会の核になった人たちのことをも、しっかり見つめているのです。

パウロたちは、それぞれの町に短い期間しか滞在していません。テサロニケでもべレアでも、長くみても、数か月しか滞在していないのです。パウロたちが去った後は、彼らが滞在していた時に、主イエスの救いを信じた人たちが、教会を建てあげて、教会を守って、教会を育てていったのです。つまり初代教会は、信徒の人たちが宣教の業を担って、教会は次第に各地に広がっていったのです。

教会が各地に広がっていったのは、教会の核になる信徒が、各町に与えられて、教会に集う信徒たちが宣教の業を担ったからです。教会が世界に広がっていくことが出来たのは、そういうことがあったからです。で は、パウロたちが語っていた宣教内容は、一体どういうものだったのでしょうか。

それが分かるのが、2節~3節です。そこを見ますとこう記されています。「パウロはいつものように、ユダヤ人の集まっているところへ入って行き、三回の安息日にわたって聖書を引用して論じ合い、『メシアは必ず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていた』と、また、『このメシアはわたしが伝えているイエスである』と説明し、論証した。」

此処に出てくる「聖書を引用して論じ合い」という言葉。それを、原文から直訳しますと、「聖書に基づいて論じ合い」そう訳すことになります。つまり、聖書に何が書いてあるのか、聖書は何を語っているか、そのことを論じあったのです。此処でいう聖書とは、旧約聖書のことです。この当時、まだ新約聖書は存在していません。「聖書」と言えば、ユダヤ人たちが信仰の土台としていた旧約聖書のことです。その旧約聖書が本当に語っていることは一体何なのか。それを明らかにすることが、パウロの宣教内容だったのです。

ユダヤ人たちに、先ず宣教を始めたのはそのためです。旧約聖書を代々受け継いでいて、それに基づいて生きているのがユダヤ人です。そんな彼らに、旧約聖書で神が示されていたこと、約束しておられたこと、それは一体何だったのか。そのことを説き明かすことから、パウロの宣教は始まったのです。

旧約聖書で神が示されていたこと、約束しておられたことは、3節に記されていることです。つまり、「メシアは必ず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていた」ということです。3節の「メシア」という言葉は、口語訳聖書では「キリスト」そう記されていました。

つまり、「旧約聖書で、神がイスラエルの民に遣わすと約束しておられた救い主は、主イエスだったのです。主イエスは、必ず苦しみを受けて、死者の中から復活することが、旧訳聖書で約束されていたことなのだ。」そうパウロはユダヤ人たちに語ったのです。

つまりパウロはユダヤ人たちに、「父なる神は、私たちが神を無視して、神を迫害する罪を赦して、神と共に生きることが出来る救いを与えるために、御子主イエスにその罪を背負わせて、苦しみを与え、殺し、復活させることを、予め決意しておられた。」そういうことを語ったのです。パウロはユダヤ人たちに、「聖書には、そういう父なる神の御意志、別の言葉で言えば、父なる神の人間に対する愛が示されている。旧約聖書で、父なる神が示されていたこと、約束しておられたことは、そのことであった。」そういうふうに旧約聖書を説き明かしたのです。そしてパウロはユダヤ人たちに、「自分が宣べ伝えている主イエスというお方こそが、旧約聖書に出てくるメシアである。」そう語ったのです。

パウロはそのことを、聖書に基づいて説明して、論証したのです。

つまりパウロの宣教内容は、自分がこの世で生きやすくなる方法論でもなければ、人に平安を与える何かでもなかったのです。更に言えば、人の心を感動させる何かでもなかったのです。パウロの宣教内容は、聖書が語っていることを明らかにすることだったのです。あくまでも聖書に基づいて語ること、論じることで、それ以外のことは何も語っていないのです。彼は聖書そのものを語ることで、神の救いの約束が、主イエスによって実現していることを宣べ伝えていたのです。

つまり説教は、聖書の説き明かしなのです。説教は、人の心を熱狂させたり、人をうならせたり、感動を与えることを目的としていないのです。人間の業による宣教で人々を導くのではなくて、聖書に基づいた、聖書の説き明かしをすることが説教なのです。そういう説教が、何人かの人たちの心を動かして、神の下に着実に導いたのです。

4節を見ますと「それで、彼らのうちのある者は信じて」そう記されていますが、「信じて」という言葉は、口語訳聖書で見るならば、「納得がいった」そう訳されていました。

つまり、パウロの語った聖書の解き明かしを聴いて、「本当にそうである。」そう納得したということです。それが意味しているのは、パウロの説教を聴いて、主イエスの救いを信じた人たちは、パウロの思想に共鳴したのではないということです。そうではなくて、「聖書で語られていることが、本当にその通りである。」そのように頷けた。そういうことなのです。つまり、人々を納得させたのはパウロではなくて、聖書だったのです。それこそが、人を主イエスと結びつける説教なのです。

最初の方で申し上げましたが、「聖書で語られていることが、本当にその通りである。」そのように頷けた人たちは、主にユダヤ教に改心したギリシャ人たちでした。彼らは、確かにユダヤ教の教えを聴いて、旧約聖書に親しんでいました。でも彼らは、ユダヤ人の歴史、文化、イスラエルの気候や風土、そういったものを知らない人たちです。

それでも、ユダヤ教に改心したギリシャ人たちの方が、沢山の人たちが、聖書が語っている主イエスの救いに納得して、主イエスの救いを信じたのです。その一方で、彼らよりもずっと聖書の背景に詳しくて、ユダヤの伝統に生きてきたユダヤ人たちは、主イエスの救いに激しく反発して、パウロたちを迫害したのです。

でもそれこそが、聖書に基づく宣教がなされるところで起こってくることなのです。

聖書は、近くにあると思う人には遠いものに、遠くにあると思う人には近いものになるのです。

私が間違っていなければ、フランシス・A・シェイファーという神学者が、あるビデオの中で言っていたことを思い出します。彼は「誰しもが聖書を人が手にとって読めるようになって以降、キリスト者の霊性が落ちた。誰しもが聖書を手にとって読めない時代、人々の聖書の求めは強く、教会で語られる聖書の説き明かしを、ずっと次の日曜日まで反芻して歩んでいた。その当時のキリスト者の霊性は極めて高かった。」これには反対意見も多くあるかもしれません。でもある意味あっている部分もあると、私は思っています。

例えば、カナダの大学の退学者数は、海外留学している学生よりも、カナダ人の方が多いのです。その理由は、海外留学している人たちは、英語の本を熱心に読み解かないと、内容が入ってこないから、死に物狂いで、本を読み解くからです。その一方でカナダ人は、本を熱心に読み解こうとしなくても、何となく理解出来てしまうのです。かだから怠惰になりやすいのです。その差がどうしても論文やテストに現れるのです。

つまり、「自分は聖書を知ることが出来る。」そういった傲慢な姿勢から、別の言葉で言えば、自分の力で聖書を知ることが出来るつもりから、いかに脱却して、どれだけ熱心に聖書に耳を傾ける姿勢を持つことが出来るのか。それが、主イエスの十字架の恵みを知らされて、神の救いに涙するようになるのか、それとも、聖書を知っているつもりになって、聖書をないがしろにしていくようになっていくのかの分岐点なのです。

熱心に聖書に耳を傾ける姿勢を持つ人。それが11節に記されている「素直」な人なのです。そして素直な人が、12節に記されている通り、聖書の説き明かしである説教を、「そのとおりかどうか、毎日、聖書を調べる」人なのです。

もし、ユダヤ教に改心したギリシャ人たちが、「パウロの説教はすばらしい。この説教を聞けば信仰が養われる。来週もパウロの説教を聞きに来よう。」そう思うだけで、自分で聖書を調べなかったなら、パウロが次の町に行ってしまったら、彼らの信仰は弱まって、テサロニケ教会は、無くなっていたと思います。そんなふうになっていくようでは、パウロの語ったみ言葉の説き明かしを素直に聴いていたことにはならないのです。

牧会で良く言われるのは、牧師が辞任してから、その牧師が良い牧会が出来ていたかどうかは、三代後の牧師の時代に現れるということです。つまり、牧師に人々を繋げるのではなくて、聖書に人々を繋げて、信仰継承していく牧会が出来ていたかどうかは、自分が関わっていた信徒さんたちの子供が、青年期ぐらいになった時に初めて分かるということです。

確かに、神の御言葉を本当に聴くためには、礼拝で聖書の解き明かしである説教を、真剣に聴くことが第一です。でも、一人一人が、礼拝で解き明かされた神の御言葉を、ちゃんと自分で確かめて、御言葉を深く味わって、その御言葉を生活の中で体験していく歩みにならないなら、本当に御言葉をしっかり聴いて生きていることにはならないのです。

私たちが、聖書に耳を傾けて、しっかり聴き取らなければならないこと。それは、神の独り子・主イエスの十字架・復活・昇天の御業によって、私たちが神を無視する罪を赦して、神と共に生きることが出来る命が、与えられた恵みを知ることです。そのことを私たちに教えているのは、この世の中で聖書だけなのです。

聖書は神からのラブ・レターです。神が情熱を込めて書き送って下さった聖書に対して、自分の思いや、感じ方は横に置いておいて、情熱を持って、そこで語られていることをちゃんと正確に聴き取ること。それが、神の愛に浸って生きていける秘訣です。でも、それがなかなか出来ない自己中心な私たちだからこそ、主イエスが十字架にお架かりになられ、死んで下さったのです。であれば、私たちは日々、聖書と真剣に向き合って生きて生きたいと思います。

最後に一言お祈りさせて頂きます。