2021年5月23日 聖霊降臨節第一主日 ペンテコステ礼拝

2021-0523-Syuuhou

聖 書  使徒言行録1311

説 教  聖霊の導き

 ペンテコステ礼拝を迎えました。聖霊が降臨されて教会が誕生した日です。教会の誕生日ですね。仙台青葉荘教会は今年、創立112周年を迎えますが、聖書に記されている教会、母なるエルサレム教会は2000年です。

 今年、2月レント、受難節に入りヨハネによる福音書18章から説教してきました。イエス様の受難、十字架、埋葬、そして三日目に復活されたこと、弟子たちに顕現され、ペトロの再献身を促されました。

その後、イエス様は昇天されます。本日、先ほど司会者によって読まれた通りです。

 昇天 使徒言行録1章3~9節

 言葉 使徒言行録1:8

 使徒信条 三日目に死人のうちより甦り
      天に昇り、全能の父なる神の右に
      座したまえり

 ちなみに、わたしたち人間、クリスチャンの死は、召天、もしくは帰天と言います。

そして、本日の聖書、ペンテコステ聖霊降臨の出来事です。

 さて、「聖霊の導き」と題をつけましたが、聖霊について三つのことを申し上げます。

1 父の約束、主イエス・キリストの約束

聖霊は、イエス様が約束された贈り物です。主イエス・キリストご自身の約束なのです。イエス様がユダヤの長老たちの訴えにより、ローマ帝国の兵士に捕縛され、ピラトのもとで裁判を受け、十字架につけられます。その前夜、弟子たちに遺言として約束された言葉です。

 ヨハネ14章15~17節

「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である」

その約束は、一度だけではありません。十字架につけられ、死んで葬られました。しかし、3日目に甦られました。復活されたのです。その復活のからだを弟子たちに現わされて、弟子たちに約束されました。

 今日のテキスト、使徒言行録1章3節以下にあるとおりです。もう一度、お読みしましょう。4節から

「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは間もなく聖霊によるバプテスマを授けられるからである」

8節

「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」

聖霊が遣わされることは、父なる神の約束でもあるのです。約束は実現されなければなりません。

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲~ま~す」

子どもの間でも、約束事は実行する。それが、小さい時からの習慣として、社会の規則を守り、養うための大切な訓練でもあります。

 選挙の公約(約束事)は、本来、政治家としてのマナー、姿勢、生命がけで守り、実行する約束事でもあります。しかし現実では、政治家の公約ほど軽いものはありません。これは、残念なことです。

 神の約束はいかがでしょうか? 主イエス・キリストの約束は、これは命をかけた約束です。遺言なのです。遺言は法律上、遂行されなければなりません。神の御名、聖なるお名前をかけて、約束されたのです。決して、反故になることはありません。

 それは、主イエス・キリストの血潮によって交わされた契約なのです。十字架の贖いと聖霊による力と励ましは、主イエス・キリストの永遠不変の恵みの約束なのです。

 まさに、ヨハネ14章16、17節

「父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である」

2 聖霊の降臨とその働き

 ペンテコステの時に約束が実現されました。実際、弟子たちは聖霊が降られると約束されても、具体的にどういうことなのか、理解しなかっただろうと思います。聖霊って、何だろう。何が起きるのだろう。謎、不思議、疑問、懐疑が弟子たちの間にあっただろうと推測されます。

洗礼を受けるに当たって準備会を行います。聖霊について学ぶことがありますが、説明は難しいですね。三位一体の神の第三格、聖霊は神の霊です。主イエス・キリストの霊でもあります。

それは、宣教の力です。

使徒言行録1章8節「あなた方の上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける」とあります。

力を受けるのです。自分で何かするというのではない。神の力を受けるのです。どんな力なのか? これが大事なことなのですね。

 使徒言行録2章1~4節 聖霊降臨の出来事が記されています。

五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。

 14節

すると、ペトロは十一人と共に立って、声を張り上げ、話し始めた。「ユダヤの方々、またエルサレムに住むすべての人たち、知っていただきたいことがありま す。わたしの言葉に耳を傾けてください。

よく、新聞広告やチラシにダイエットの広告があります。例年、納税の上位にダイエットの会社の社長がいるそうですね。ダイエットのサプリメントを服用する。その前と後の写真がチラシにつきものです。体重70キロ、80キロある女性の写真があります。数ヶ月後、数週間後のダイエットの効果が現れた写真が隣にあり、比べることができます。何と、50キロ、40キロと体重が減少し、スリムになり、チャーミングな女性が写っているではありませんか! 同一人物なのですね。

 反対に、男性の場合、ジムに行って肉体改造をしている。改造前はひょろっとした痩せた体つき、骨と皮のような・・・。数か月、数年たつと筋肉隆々とした体になっています。まさにボディビルです。

 しかし、聖霊は肉体の問題ではありません。精神とこころの改造です。霊的、霊における変革です。新しく造られるのです。

使徒たち、弟子たち、ペテロは臆病でした。イエス様を三度知らないと否定しました。こそこそと逃げ回っており、二階座敷で息を殺すようにひっそりとしていました。それがどうでしょうか? 聖霊降臨後、弟子たちは大胆にも街に出て、イエス様を宣べ伝えるようになったのです。使徒言行録2章以降に書かれている通りです。

力を受けるとは、大胆に主イエス様を語り、宣べ伝える力です。自分の力ではない。上から与えられる力です。キリストを証しする力です。

それは、迫害されること、殉教することを覚悟した宣教です。もう、二度とイエス様を知らないとは言わない。イエス様を拒絶することをもうしないという、告白に徹する信仰の力です。逃げ惑う弟子の姿から恐れることなく、福音を宣べ伝えるようになった。そこに聖霊の働きがある。ちからを受けたのです。

3 聖霊に満たされること

 それは生きる意味を明確にします。現代、多様な価値観があり、それぞれてんでばらばらのように思われます。 そのような時でも、自分の生き方と目標をしっかりと持ち、地道に歩いていく、そういう方向性を与えられます。それが、聖霊に満たされるということです。使命感が与えられるのです。

以下、項目的に挙げます。

  • キリストを理解する知恵

真理の霊。ヨハネ16章12~14節 キリストを証しし、キリストの栄光をあらわす。

聖霊によらなければ、キリストを告白できない。わたしたちの信仰は聖霊によって導かれるのです。コリント一 12章3節

  • 共にいる霊

 聖霊は神の霊です。主イエス・キリストの霊でもあります。慰めと励まし、助け、導く霊 ヨハネ14章16~17節

  • 成長、成熟へと導く霊

 ガラテヤ5章16~26節とくに22,23節

  • 賜物を賦与する霊

 コリント一 12章~13章 カリスマ

⑤ 一致をもたらす霊

 混乱した、無秩序の状態から、わたしたちを愛と平和の状態に導いてくださる。これが聖霊の働きの一つです。コリント一 12章2~14節

多様さの中で、キリストがあがめられる、信じていくことで一つとなるのです。

神の国の豊かさです。共に、キリストが与えてくださる賞を目指して、与えられた務めを全うするために、互いに助け合い、支えあって進みましょう。

祈ります。

主なる神、あなたの恵みを感謝いたします。ペンテコステの時、聖霊の風が吹き、一人ひとりに聖霊を注ぎください。共に夢を見、幻を分かち合い、「邪悪なこの時代に」(使徒2:40)あっても、救いにあずかる人が起こされるように導きください。先に救われたわたしたちが、福音をしっかりと携え、明確に生きることができるように力を与え下さい。

コロナ禍の中でも、宣教が進められますように。




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