使徒言行録13章1節~12節
「聖霊に従おう」
牧師 野々川 康弘
今日から13章に入ります。12章までは、主(おも)に、ペトロの宣教活動が記されていました。でも13章から先は、主(おも)にサウロの宣教活動が記されています。9節を見ますと、「パウロとも呼ばれていたサウロ」そう記されています。サウロという名は、ユダヤ名で、パウロという名は、ギリシャ名です。因みに13節以降は、パウロとのみ呼ばれていくようになります。
先程、私は、「13章から先は、主(おも)にサウロの宣教活動が記されています。」そのように申し上げました。そういったこともあって、使徒言行録13章以降は、「パウロ言行録」そう言っている人たちもいるのです。
聖書の後ろの方に地図があります。そこに、パウロの宣教旅行1と、パウロの宣教旅行2,3、と、最後にパウロがローマに護送されていった時の、ローマへの旅という地図があります。
13章からは、その地図と関わることが書き記されています。今日の箇所は、第一回目の宣教旅行に出発したことと、最初の宣教地となった、キプロス島での宣教活動が記されています。
実のところ、キプロス島に出発した際は、パウロは、宣教旅行のリーダーではなかったのです。バルナバが、リーダーだったのです。
キプロス島というのは、バルナバの出身地です。4章36節にそのことが記されています。バルナバのおかげで、教会の仲間として認められたからこそ、パウロは、バルナバの宣教旅行につき従ったのです。
何故、第一回目の宣教旅行の最初の宣教地が、キプロス島だったのでしょうか。それは、キプロス島が、バルナバの故郷だったからです。そこにはバルナバの知り合いが沢山いたのです。そういう人間的な繋がりを、宣教の足がかりにしようとしていたのです。
そのことから、第一回目の宣教旅行のリーダーが、バルナバだったということが分かるのです。でも、第二回目の宣教旅行に出かけようとした際に、バルナバは、パウロと対立したのです。二人は、第一回目の宣教旅行の途中で、挫折したマルコを、第二回目の宣教旅行に連れていくかどうかでもめたのです。その結果、第二回目の宣教旅行は、パウロは陸路であるシリアから、自分の出身地であるキリキアを通り、小アジアに向かったのです。それに対して、バルナバはマルコを連れて、再びキプロス島に行ったのです。
5節後半を見ますと、「二人は、ヨハネを助手として連れていた。」そう記されています。
バルナバとパウロが助手として、第一回目の宣教旅行に連れてきていたヨハネが、マルコです。前回、私は、「『マルコと呼ばれていたヨハネの母マリアの家』で、みんなが集まって、ペトロが牢獄に入れられていた時に祈っていた。その家で、最後の晩餐もなされた。」そのように申し上げました。5節に出てくるヨハネこそ、マルコと呼ばれていたヨハネなのです。5節のヨハネが、バルナバとパウロの対立原因になったのです。
コロサイの信徒への手紙4章10節を見ますと、ヨハネと呼ばれていたマルコは、バルナバのいとこだったことが分かります。
バルナバは、いとこであったマルコを、第一回目の宣教旅行に連れてきたのです。そのことからも、宣教旅行に出発した時点では、リーダーが、バルナバだったことが分かるのです。
そうはいっても、第一回目の宣教旅行は、バルナバの意志によって始まったわけではありません。アンティオキア教会の人たちが、礼拝と祈りを神に捧げている中で、聖霊によって示されたことが、始まりなのです。2節を見ますとこう記されています。「彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」
2節の彼らとは、アンティオキア教会のことです。2節に記されている「前もって二人に決めておいた仕事」とは、宣教旅行のことです。
つまり、バルナバとサウロが、聖霊によって、「宣教旅行に行く」そういう志が与えられたのではないのです。そうではなくて、聖霊が前もって決めていた仕事に当たらせるために、聖霊がアンティオキア教会に、2人を指名させたのです。ということは、聖霊は、アンティオキア教会に、宣教旅行をお命じになったのです。
アンティオキア教会は、聖霊の示しを受けて、3節に記されている通り、「断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させ」たのです。
手を置くことを「按手」と言います。按手は、教会がある人を、ある務めに立てることを表す行為なのです。バルナバとサウロは、アンティオキア教会に正式に立てられて、宣教旅行に出発したのです。
それが意味しているのは、アンティオキア教会が、礼拝と祈りを神に捧げている中で、宣教旅行にバルナバとパウロを遣わしなさいということを示されて、それを神の御心として受け入れて、それを教会の業として位置づけたということです。
なので、第一回目の宣教旅行は、バルナバのものではないのです。そうではなくて、アンティオキア教会のものなのです。確かに、宣教旅行を実際にしていったのは、バルナバやパウロです。でも、二人の働きは、アンティオキア教会によって立てられたことだったのです。だから、「パウロの宣教旅行」そう呼ぶのは正確ではありません。それは、パウロの宣教旅行は、アンティオキア教会の宣教の業だからです。
3節の「出発させた」という言葉は、原文を見ますと、「派遣させた、解放させた、」そう訳すことが出来る言葉です。なので、「アンティオキア教会が、二人を神の御旨である宣教旅行をさせるために、解き放った」そのように言うことが出来ます。
バルナバもサウロも、教会の大切な指導者です。彼らは、80万人以上いたアンティオキアで、まだ福音にふれていない人たちに、神の御言葉を告げ知らせる働きをしていたのです。アンティオキア教会からすれば、ずっとここに留まっていて欲しい。此処で宣教活動を続けて欲しい。そう思っていたはずです。
でも、アンティオキア教会の人たちは、神がお示しになった宣教計画に従ったのです。自分たちの大切な指導者を、宣教旅行へと解き放つという犠牲を払ったのです。アンティオキア教会が犠牲を払ったことで、パウロの宣教旅行が行われて、その宣教旅行で、全世界に教会が生まれていったのです。
聖霊によって生き生きと生かされている教会は、主イエスの福音を知らない外の人たちのために、犠牲を払うことが出来るのです。
教会が、自分たちが守られること、自分たちの居心地が良くなることばかりを考えて、異質な外の人たちに対して閉鎖的になるなら、聖霊の働きを失った、聖霊不在の教会になってしまいます。異質な外の人たちに閉鎖的な教会は、教会を支配しているのは、聖霊ではなくて、心地良さを求める私たちの思いです。自己中心の思いです。
そういう教会は、神の御言葉の支配は、どこかへ行ってしまっています。主イエスの十字架という神の御言葉の支配は、自分たちの心地良さを犠牲にして、異質な外の人に、十字架という無条件の愛を指し示していくのです。アンティオキア教会が、自分たちの大切な教会の指導者たちを解き放った姿勢。その姿勢を、私たちも受け継ぐ必要があると思います。
それはそうと、アンティオキア教会の業として始められた宣教旅行の最初の宣教地は、キプロス島でした。バルナバとパウロがキプロス島に着いた時、二人は、ユダヤ人たちが集まっている会堂で、宣教をしたのです。此処で一つ、申し上げなければならないことがあります。それは、パウロの宣教旅行と聴きますと、異邦人のための宣教旅行。そう考イメージしがちです。でもそれは結果論なのです。彼らは最初から異邦人への宣教をしようと思って、宣教旅行に出かけたのではないのです。どの町でもそうですけれども、彼らが最初に訪れて、宣教した場所は、ユダヤ人の会堂だったのです。でも、そこから追い出されて、異邦人たちが、彼らの宣教によって救われる人が、大勢起こされていったのです。
キプロス島でもそうでした。ユダヤ人の会堂で宣教していた二人のことを、ローマ帝国のキプロスの総督セルギウス・パウルスが聴き付けて、彼らを招いて神の言葉を聴こうとしたのです。
彼は異邦人です。そうであるにも関わらず、積極的に神の御言葉を聴こうとしたのです。異邦人が、自分の自己中心の罪の身代わりとして、主イエスが十字架で死なれたことを信じれば、その罪が赦されて、神の子とされるという福音を聴いて、福音を信じる人たちが沢山起こされていったのです。バルナバとサウロの、キプロスでの宣教は、沢山の異邦人が救われたことで、大きな進展を遂げていったのです。
でも、大きな進展を遂げるところには、必ずそれに対する妨害が起こって来るのです。
バルナバとパウロが直面した妨害は、バルイエスというユダヤ人の魔術師による妨害でした。7節を見ますと、彼はキプロス島の総督セルギウス・パウルスと交際関係があったことが分かります。
バルイエスは魔術で、自分が大きな力を持っているように見せかけて、総督の相談役のような地位を得ていたのです。そこに、バルナバとサウロが現れて、総督が彼らの言葉に耳を傾け始めたのです。
だから、魔術に基づいて話すバルイエスの言葉と、バルナバとサウロが話す神の言葉との対決が、生じたのです。
バルイエスは、魔術に基づいて総督に話した言葉は、自分の力を誇示する言葉だったのです。その一方で、バルナバとサウロが語った神の言葉は、神の独り子が人間となって、人間が自分を中心にして歩む罪の身代わりとなって、十字架にかかって死んで下さった。それを信じるなら、神は、私たちの自己中心の罪を赦して、神の子にして下さるという恵みに満ちた言葉だったのです。 更には、父なる神が、神の子・主イエスを復活させたのは、神の子となった私たちに、永遠の命を与えてくれる保障であることも、バルナバとパウロは語ったのです。
総督の心は、自分を誇る言葉を発する魔術よりも、人を神の子にするバルナバとサウロの言葉に、自然に惹かれていったのです。焦りを感じたバルイエスは、何とかして総督の心を信仰から遠ざけて、自分の影響力を保とうとしたのです。8節の「魔術師エリマ」とは、バルイエスのことです。彼はあの手この手を使って、バルナバとサウロの宣教を妨害したのです。宣教には、そういう妨げが必ず伴うのです。
サタンは私たちが、神や人と繋がっていくことが面白くないのです。サタンは私たちが、神や人との関係を分断していくことを好むのです。サタンは私たちが、神や人との関係を分断してまでも、自己中心に生きるように導くのです。「自己中心が良い」そのように私たちに訴えかけるのです。
だから、自分の命を犠牲にしてまでも、父なる神を愛し、人を愛し抜かれた主イエスの愛に生かされて、その愛に生きるように語りかける宣教が進展すればする程、「神や人との関係を分断してでも、自分を愛しなさい」そうサタンがこの世の人たちを誘惑して、この世の力の抵抗が激しくなるのです。サタンの妨げのない宣教は、ありえません。もし、教会の宣教に妨げがないならば、神との関係や、隣人との関係を断ってでも、自分を愛するこの世に迎合しているからです。この世に迎合して、自己中心に生きるキリスト者は、サタンの理想像なのです。だから、妨害を起こす必要もないのです。
神の御言葉を正確に語るなら、別の言葉で言えば、自分を犠牲にしてでも、神や人との関係を回復させようと奮闘した主イエスの愛を語るなら、自己愛に生きようとする、罪に満ちたこの世の力との戦いが、必ず起こってくるのです。
今日の箇所を見ますと、パウロとバルナバは、自己愛に生きる事を叫ぶ声に、勝利することができたことが分かります。魔術に勝利したのです。魔術に彼らが勝利をしたことを機に、13節から、サウロがパウロと書き記されるとうになっているのです。使徒言行録の著者ルカが、わざと、そういう書き方をしているのです。
つまり使徒言行録の著者ルカは、魔術に対する勝利を、自分の信念に生きていた、古いサウロが死んで、神を愛し、隣人を愛する新しきパウロの台頭を、重ね合わせているのです。
神を愛し、隣人を愛する新しきパウロは、バルイエスをにらみつけて、10節から11節に記されている通り、「ああ、あらゆる偽りと欺きに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵、お前は主のまっすぐな道をどうしてもゆがめようとするのか。今こそ、主の御手はお前の上に下る。お前は目が見えなくなって、時が来るまで日の光を見ないだろう」そうバルイエスに言ったのです。そうしたら、バルイエスの目は霞んで、見えなくなったのです。
でもこれは、パウロの勝利ではありません。ルカが9節で、「サウロは、聖霊に満たされ」そう証言している通り、パウロが聖霊に満たされていたからこそ、魔術師バルイエスに勝利出来たのです。ということは、魔術師バルイエスに勝利したのは、パウロに働いている聖霊なのです。
神の子となった人は、聖霊がいつも共におられるのです。聖霊が神の子に、神の子らしいことをさせるのです。ということは、宣教には必ず、サタンの誘惑と、人間の罪が相まって、何かしらの妨害が起こるけれども、それと戦うのは聖霊なのです。私たちが戦ってはいけないのです。私たちは、聖霊に逃げるのです。戦いは、聖霊に明け渡すのです。それが、この世を誘惑するサタンと、自己中心という自分の罪に勝利する秘訣なのです。
私たちが神に遣わされて宣教するとは、私たちがサタンや、私たちの自己中心の罪と戦うということではなくて、聖霊がサタンや、私たちの自己中心の罪と、闘う場を設定するためなのです。
だから私たちは、聖霊の働きを祈り求めるのです。
聖霊の力が十分に発揮されるように、自分の思いや不信仰が、聖霊の働きを妨げてしまわない自分に整えられるように、祈るのです。
神の御言葉が、本当に自分の心の中にちゃんと響いてきて、自分の思いや願いが打ち砕かれるように。神の御心のみが成るように祈るのです。そういったことを祈り求めなければならないのです。
私たちが自分を、聖霊に明け渡す思いが整えられてこそ、聖霊は自由に、のびのびと、ご自分の力を発揮することが出来るのです。
パウロが魔術師バルイエスと戦うことが出来たのは、彼が聖霊の働きに、自分の身を委ねていたからです。
12節を見ますと、「総督はこの出来事を見て、主の教えに非常に驚き、信仰に入った」そう記されています。これは、パウロが魔術師バルイエスに勝利したことをみて、主の教えに非常に驚いて、信仰に入ったということです。でも、何度も申し上げますが、総督が非常に驚いたのは、魔術師バルイエスの目を、見えなくさせたサウロの力ではありません。「主の教えに非常に驚き」そう記されている通り、パウロに働いている聖霊の教えに非常に驚いたのです。
聖霊が語る言葉は、魔術で人に恐怖を与えて、人を動かす言葉とは違っていて、人間の罪を引き受けて下さる、恵に満ちた愛の言葉なのです。その言葉を、キプロス島の総督セルギウス・パウルスは、驚きをもって聴いたのです。
彼が生きていたローマ世界は、沢山の神々が祭られていました。ローマ世界は、多神教の世界だったのです。ローマの神々は、人間のすることを見守るだけで、口出しをしないのです。物事を考えて実行するのは、はあくまでも人間です。日本の八百万の神々も、同じだと言って良いと思います。
でもそのように私が言いますと、「八百万の神々は、自分に口出ししないから生きやすい。自分が弱い時に頼れる何かが欲しいだけだ。実際には生きて働いて、この世を支配している神なんかいない。」そのようにいう人がいるかもしれません。でも、自己中心の私たちが、自分の生きやすいように生きた時に、人との衝突や争いが起こるのです。案外、自分が生きやすくないと思っている道に生きる方が、神や人との関係に生きている証かもしれません。
信仰を人生のアクセサリーと考えている人、神を自分のアクセサリーと考えている人には、多神教が良いと思います。でも、キリスト者は、自分のことを、神のアクセサリーと考えています。キリスト者は、自分が生きやすいように生きるために、神や人を邪魔者扱いにする罪があるが故に、その罪の身代わりとして、父なる神は、ご自分の大切な独り子・イエス・キリストを十字架に架けて殺して下さったことを信じています。
人間の自己中心の罪には、人の命という償いがいる程、神にとっては重大なことなのです。そのことを、私たちは忘れてはいけないと思います。
この世で起っている宗教的対立や、宗教的対立から起こってくる戦争は、人間が宗教を、自分の主義主張のために、利用することによって生じているのです。唯一の神を信じることが争いの原因ではないのです。宗教が、人間の自己主張のために利用された時に、そういうことが起るのです。
キプロス島の総督セルギウス・パウルスは、主イエスの福音を受け入れて、主イエスを信じる信仰者になりました。アンティオキア教会の働きである、第一回宣教旅行の最初の実りは、キプロス島の総督セルギウス・パウルスの回心でした。
礼拝と祈りの中で、アンティオキア教会に示された神の御心が、聖霊の働きによって実現したのです。
私たちは、教会の礼拝と祈りに支えられてこそ、聖霊が力強く、私たちに働くことが出来ることを覚える必要があるのです。
もし、私たちが、聖霊が豊かに働いていると感じることが出来ないならば、それは教会の礼拝と祈りが弱いことが原因です。
今のこの礼拝が、普段、聖霊が、私たちに力強く働いて下さるためのエネルギーを得るところです。そして、聖霊が私たちに力強く働くためには、私たちが自分を持つことなく、力強く働く聖霊の働きに、身を委ねなければならないのです。自分を空にしなければ、聖霊は私たちを満たすことは出来ません。
聖霊が豊かに私たちに働いて下さるためにも、私たちは礼拝と、祈祷会を大切にして、聖霊に自分の身を、いつも委ねて歩んでいきたいと思います。
とはいっても、自己中心な私たちは、なかなかそれが出来ません。そんな私たちの罪のために、主イエスは、十字架に架けられて死なれたのです。その恵みも、今日、私たちの心に、深く刻み込みたいと思います。
最後に一言お祈りさせて頂きます。
